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ヨセミテ エルキャプ ド敗退記 前編 AN#08

2024-03-19 (ANJUブログ)

一体誰がド敗退記なんて読みたいのだろうと思いつつ、
そして自分もわざわざ何故ド敗退記録を文字に起こすのだろうとも思いつつ、 それでもエルキャプで過ごした時間は私にとって夢のような時間で、忘れたくない記憶なので記録することにしよう。

話は去年(2023年)の初夏に遡る。pumpのオーナーである内藤さんの瑞牆本の撮影のお手伝いをしている時、内藤さんからこんなことを言われた。 「杏雛と麻子は絶対に気が合うと思うんだよね。」 そんなこと言われたら、麻子さんと登りたくなっちゃうじゃないか!

ということで、早速麻子さんに連絡を取って、すぐに瑞牆ワイドへ行ってきた。何度か瑞牆の駐車場で挨拶はしていたが、一緒に登るのは初めて。でももうアプローチの段階から爆笑が止まらない、この人超楽しい!

この日は瑞牆 悪魔の塔へ行った。私は数ヶ月前にシャークを登っていたので、狙いはドルフィン。下部が核心の5.10dのワイドクラックだ。無事に核心をこなして安心していると、まさかの上部がびしゃびしゃ…。プロテクションも悪くビビり散らかしながらも気合いでなんとかOS。

あさこまん(麻子さんのあだ名笑)は、ワイドが得意じゃないと言いながら5.11aのシャークをOS。強すぎる!全然ワイド得意じゃないか!


まあそんな日だったのだが、レスト中にあさこまんが、今秋にヨセミテに行くこと、そしてビッグウォールへの熱い熱い想いを語ってくれた。 「あぁ、私もいつか行ってみたい。」 その時初めてヨセミテに行ってみたいと思った。(それまではワイドにしか興味がなかったので、あまりヨセミテを視野に入れていなかった)


…「女子2人で行くつもりだったんだけど、杏雛もワイド要員で来る?」


え???今、私、誘われた?


大学生が本業の私は、お金も時間もなんとかなる見込みは特になかったけれど、そんなこと言っている場合ではない。この機会を逃したら次いつ、女子3人ビッグウォールなんて実現できる?行くしかない!

ということで、私は、2ヶ月後にビデブー遠征を控えていながら、ビデブー1ヶ月後にヨセミテに、それもビッグウォールに行くことが決まってしまった!

もう1人のビッグウォールメンバーは茜ちゃんだ。茜ちゃんともちょっと話したことがある程度で、一緒に登ったことはなかったが、器の大きすぎる茜ちゃん、すぐに仲良くなれた!

しかし3人の予定を擦り合わせてみると、

杏雛 8月後半〜9月中頃 ビデブー
茜  9月頭〜11月中頃 ビデブー→ヨセミテ
杏雛 10月後半〜11月 中頃ヨセミテ
麻子 10月後半〜12月中頃 ヨセミテ→アメリカツアー

なんと、私がビデブーに行ってから3人で揃うタイミングがない!ビデブーに行くまでに、ビッグウォール技術を習得しなければならない。クライミングどころではない笑。ひたすらに瑞牆で荷揚げ練習、ユマーリング練習だ。


荷揚げは石をホールバッグに入れて練習


試しにポーターレッジで寝てみる


慣れないユマーリング練習も

あっという間に時が過ぎ、私はビデブーへ。ビデブーの話の時に出てきた知り合い夫婦というのは実は茜ちゃん夫婦のことだ。そして、一瞬の夏は終わり、ビデブーから帰国しヨセミテへ経つまでの日本での1ヶ月もバタバタと過ぎ去り、いよいよヨセミテへ行く時が来た!

DAY1

ガッシャーにギリギリ30キロまで荷物を詰め込む

行きは成田からサンノゼ。乗り換えなしでスムーズに Norman Y. Mineta 空港に到着。ウォルマートで買い出しを済ませてキャンプ場へ。キャンプは前半はヨセミテ国立公園から車で5分ほどのフリーのキャンプサイトを、後半は憧れのキャンプ4を利用した。


フリーのキャンプサイト

DAY2-4
到着後いきなりビッグウォールという訳にもいかないので、まずはヨセミテ花崗岩に慣れようの会や、ビッグウォールのシステム練習、作戦会議等の日々。


ジェネレータークラック
トップロープ推奨のワイドクラック。最初はリードを試みるも怖くて結局トップロープでトライ。下部の確信が悪かった!


作戦会議


アプローチも確認

今回は行くルートはフリーライダー。
フリーライダーとは、アレックス・ホノルド氏がフリーソロをしたことで有名な、ヨセミテのエル・キャピタンにある29ピッチ、915mのルートのことだ。

今回は完登を狙っている訳でなく、登れるところまでフリーで、厳しければエイドで抜けようという目標だ。

よって、まず荷揚げはせずフリーブラスト(フリーライダーの最初の9ピッチのこと)を登り、ハートレッジからfixが張ってあるので懸垂下降で降りる。レスト日を挟み、ハートレッジまで荷揚げ、その後GO UPという流れを予定。(ハートレッジに先に荷揚げをしておいて、フリーブラストから一気にトップアウトを目指すのが一般的だと思われる。)

ここまで長々と書き進めてきたが、ようやく、ビックウォールにイン!

DAY5
アプローチも確認し、行動食、水、ウェア、ギア等々準備も整った。 深夜2:30に起床し、キャンプ場からアプローチ開始場所まで車で約1時間、アプローチは30分ほど。

アプローチの途中、トイレを済ませてから向かうから先に行っててくれと茜ちゃんに言われ、あさこまんと先に向かう。

…歩いても歩いても、取り付き地点が一向に現れない。…同じところをぐるぐる彷徨っている。まさかの前日アプローチ確認したのに、あさこまんと2人仲良く迷子笑。本気で辿り着かないことに焦りながら、なんとか取り付き地点に着くと、茜ちゃんは随分前について待っていたという。幸先の悪いスタートだ…。

気を取り直して5:00登り始め。1、2ピッチ目(繋げても登れる)は茜ちゃん。ヘッデンで照らしながら確実に登っていく。3ピッチ目はあさこまん、6:30になり間もなく太陽が現れる時間だ。5.11bのフィンガークラックのルーフトラバース。クラックもガタガタしていてカムが取りにくそうだ。息を呑んで見守っていると足を滑らせフォール。しかも1個目のカムがはじけて、足下のゼロピンでフォール…。かなりの墜落と、壁への衝突。幸い大きな怪我はなかった。


3ピッチ目(トポだと2ピッチ目)

一旦休もうとすると、後続パーティーがやってきた。抜かさせてくれというので、承諾。スタスタ抜けて行った。どうやらヨセミテのレンジャーの人らしく、ここにオフセットカム決まるよ〜と有益な情報をくれた。


抜かされる最中

気を取り直して、再度トライ。しかし、さっきの激落ちの恐怖心で思うように登れないあさこまん。今回私はどう考えても力不足と分かっていながら、ワイド要員枠で来てしまった。こういう仲間が苦しんでいる時、「私代わるよ」の一言言うことすらできない自分の弱さがすごく腹立たしかった。

結局フリーで抜けることは諦めエイドで抜けようと、カムにテンションをかけると、またもその1個目のカムが外れてしまい、再び激落ち。

チームの士気が完全に下がってしまったところで茜ちゃんが一言、「朝の迷子の時点で嫌な予感がする。これ以上何もないうちに、今日は降りよう。」当然みんな賛成し、地上に降りた。まだ朝の8:30だ。


あさこまんが「生まれて初めてクライミングを辞めたいと思った」と言った。私に関しては、まだ1mもエルキャプの壁をリードしていないが、とにかく何もさせてもらえない絶望を感じた。登る前から何故か私の心まで折れてしまった。

DAY6
昨日の激しい墜落&壁への激突により、あさこまんはむち打ちに。

とりあえず、この日は、元気を出そうということで、Nutcracker というオールナチュプロ5.8のマルチでエンクラしてきた。

ただただ楽しく、心が癒されるマルチ。ヨセミテにきた際には、ぜひみんなに登っていただきたいおすすめルート!

DAY7
雨のためレスト。近くの街というか村というか集落におりて、ピザを食べた。

でか過ぎた。美味し過ぎた。


その通りだ。私たちはピザじゃないのだから、もっと気楽に生きてもいいのかもしれない…!


DAY8
さて、心も体も休まったところで、フリーブラスト再トライだ。

1ピッチ目 5.10c〜5.8
今度は起床時間を数時間遅らせてのスタート。取り付き地点に6:00に到着。準備をしていると、カナダチームが登場し、「君達の登るスピードは?」と聞かれ、既に先に行かせてくれと言わんばかりの表情。「普通だよ」と答え、前回ピッチを分けたところは繋げて茜ちゃんが70m一気に登る。

2ピッチ目 5.11b~5.7
前回の敗退地点だ。カナダチームが後ろから先に行かせてくれとお願いしてくるので承諾したところ、1トライできるくらいの時間は普通に待たされた。

ようやくあさこまんのトライ。RPはできなかったが、エイドで無事に抜ける。

すると、私と茜ちゃんがまだ登り始める前に、強引にオーストリアチームがやってきて私たちの構築した支点を使い抜かしていく…。茜ちゃんと私もあさこまんの元へユマールし、今度は私の番だ。

3ピッチ目 5.10c
ヨセミテに来てからもう1週間以上経っているが、私がエルキャプを登るのは初。そしてピトンスカー(先人たちがエイドで登るために打ったピトンによってできた溝)を登るのも初。緊張し過ぎて登る前からポタポタと涙が溢れてくる。メンタルが弱すぎる、そしてエルキャプが威圧的すぎる…。


ガチガチに緊張しながら登っていく。クラックというより、プロテクションの取りにくいフェイスクライミングって感じでただただ怖い。かなりゆっくり丁寧に登っていくが、上部で足が滑ってフォール。その後は、エイドでとっとと抜けてしまいたかったが、プロテクションが思うように取れず、思うようにエイドもできず、じわじわ登って終了点へ。安堵。

4ピッチ目 5.10d~5.11b/c
私のピッチより遥かに怖そうなピトンスカー。あさこまんが登るが、エイドでも怖いとのことで、なかなか思うように進めずにいると、後ろからフィンランドチームがやってくる。


フィンランドチームが抜かさせてくれと交渉してくる。キッパリと断るものの、あさこまんがテンションしたのを見逃さず、 「今テンションしてるよね、そのままそこにいて、抜かすから」と言って強引に抜かしていく。


その後、終了点から私たちの写真を撮ってくれた笑。
あさこまんもピトンスカーパートを無事越えて、フリーブラストの核心のスラブへ。ここはボルトルート。めっちゃ悪いらしい。

5ピッチ目 5.11a
ここもボルトのスラブ。かなりの強風に煽られながら、あかねちゃんが登っていく。確かワンテン。


6ピッチ目 5.9
ラインに戸惑いながらもOS。長いし5.9より全然悪く感じた。


7ピッチ目 5.10b~5.8

2ピッチ連続私リードなので、ちょっと一息入れてみんなで自撮り。


最初の5.10bは普通に悪くて落ちてしまった。 その後は癒しの?チムニー。


ちなみに、この7ピッチ目はHalf Dollarと呼ばれ、全体像はこんな感じで、大きなフレークの右側を登っていく。

8ピッチ目 5.7
あさこまんが80m一気に登り、Mammoth Terracesへ。

9ピッチ目 5.10d
Heart Ledges に向かってひたすらクライムダウンピッチ。あかねちゃんがクライムダウンするが、声が聞こえず姿も見えず、重さでロープがどんどん出ていってしまうのでビレイの加減が難しい。というか、ロープを出し過ぎてしまって、あかねちゃんからライン電話がかかってきて途中ロープを張った…笑(笑い事ではない)。…良い時代。

すっかり日も暮れてしまったが、無事に懸垂下降。下降終了はなんと、21時40分で長すぎる1日、ようやく終了。


フリーブラストはエル・キャピタンの中のワンデイできる有名マルチルート。渋滞が発生するので、速く登るか、意地でも抜かさせない強い意志が必要なのかもしれない…。

何はともあれ、前回の2ピッチ目敗退でどん底に突き落とされているので、今回は無事抜けられ上出来だとポジティブに! もうここまで来たら、フリーライダーに行くしかない!


次回、フリーライダー本編!


寺井杏雛